愛のすれ違いを見つめ続けたイタリアの巨匠 ミケランジェロ・アントニオーニ

映画監督

今回の記事では、イタリア映画界の巨匠 ミケランジェロ・アントニオーニを紹介します。

アントニオーニは世界三大映画祭と言われるカンヌ、ベルリン、ヴェネツィア全ての映画祭で最高賞を受賞した史上二人目の監督です。

1912年生まれのアントニオーニは、脚本の執筆やドキュメンタリー映画の制作を経て、1950年「愛と殺意」で長編劇映画の監督としてデビューを果たします。

その後は50年代から60年代にかけて傑作を次々と発表。各国の映画祭で受賞を果たし、国際的な名称としての評価を得ます。

特に1960~1962年にかけて発表した「情事」「夜」「太陽はひとりぼっち」の3作は一般に愛の不毛三部作として知られ、アントニオーニの代表作となっています。

この時期すでに確立していたロングショットや長回しを効果的に使う独自のスタイル、そしてすれ違う愛を追い求めるような作風は、その後も後も生涯にわたった貫かれています。

60年代の後半以降は作品発表の間隔が開いていくものの、断続的に映画制作を続けました。
そして2004年に手がけたオムニバス映画「愛の神、エロス」の一編を最後に、2007年この世を去りました。

戦後のネオレアリズモ的な現実を厳しく見つめる目で、人々が愛を追い求める姿を描き続けたアントニオーニ。信頼できるものなどこの世に存在するのか?と自らに問いかけるような作品の数々からは、不確かな存在のより所を愛に求めていた彼の魂が伝わってくるようです。そしてその愛自体もまた不確かなものであるという絶望と、それでもそれを求めてしまう人間の愚かさと哀しさがアントニオーニの真骨頂と言えます。

また、アントニオーニはロックミュージックとの縁深さでも知られています。
1966年の「欲望」では作品のテーマを示す重要なシーンにヤードバーズを起用し、ジェフ・ベックとジミー・ペイジが同じステージに立つ貴重な姿を映像に収め、1970年の「砂丘」では若きピンク・フロイドに楽曲制作を依頼しました。

今回の記事では、そんなアントニオーニのおすすめ作品を時系列でレビューと共に紹介していきます。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。

さすらい/1957年

ままならない愛から目を逸らすために他の愛を求める。虚しい男の物語です。
女性の元をさすらい歩く男の生き方は決して孤独ではありません。それなりの幸せを掴むチャンスはいくらでもありました。しかし彼の心に残るあまりにもピュアな愛情は、彼の心を満たされることのないものにしていました。
後の作品で描く男性像とは真逆とも言えるキャラクターは、アントニオーニ自身がまだ愛を疑うことに慣れていなかった表れとも感じられます。このピュアな愛情の物語が絶望にたどり着いたことは、彼自身の後の作風を方向づけたのかもしれません。

評価☆☆☆☆

情事/1960年

行方不明になった妻、今目の前にいる女。揺れるでもなく手の届く愛へと流れていく哀れな男。
行方不明になった親友、今目の前にいる男。揺れながらもそこにある愛に流されてしまう哀しい女。
人間の感情などあてにならないと先に気が付いていたのは女の方でした。虚しさにしかたどり着かないと分かっていながら、目の前にある愛を求めてしまう悲劇を描いたアントニオーニ初期の代表作。
話のテンポが遅く、モタつき感は否めませんが、ふんだんに盛り込まれたアントニオーニ的要素は必見です。

評価☆☆☆★

夜/1961年

とある夫婦の愛が崩れていく一夜を描いた傑作。
精神に起因する愛を求めていたことに気が付いた妻と、肉体に起因する愛こそが愛だと信じて疑わない夫。そのすれ違いの溝は一晩の間に大きくなり、暴力的とも言えるラストのラブシーンで衝突を見せます。虚しい愛を描かせたら右に出る者はいないアントニオーニの真骨頂です。
まだ戦後十数年にも関わらずやけに都会的な建物と貧しさの残る光景が同居する街並みは、そのままこの二人の心のギャップを象徴しているように感じます。そしてその街並みをまるで絵画のように仕立てる光と影を駆使した画作りが秀逸です。

評価☆☆☆☆

太陽はひとりぼっち/1962年

恋人に別れを告げた後、虚ろな様子で街をさまよう前半はやや退屈。飛行機のシーンもこれ見よがし感が否めません。中盤に二人が出会ってから物語が進展し、株価の暴落によるパニック、車の盗難など災難に見舞われる中で気を紛らわせるかのように愛情に身を投じる様は刹那的で魅力的。しかし、モダンな建物と舗装された道路の中を馬車が駆け抜け、電灯が灯っていくという近代化の波が作り出したいびつな街並みを映し出し、それを結末としたのは美しい画ではあっても唐突かつ投げやりな印象でした。

評価☆☆★

赤い砂漠/1964年

アントニオーニ初のカラー作品であり、その色彩感覚を遺憾なく発揮した佳作。
得意のロングショットで空気と海を汚染する工場地帯をまるでモノクロのようにとらえ、それが色鮮やかなシーンと好対照を成しています。
ストーリーは主人公の不安や孤独感を断片的な出来事に重ねてつなぎ合わせたようなもので、結末に至ってもほとんど何も進展せず、抽象画を観ているような感覚が残りました。

評価☆☆☆★

欲望/1966年

カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したアントニオーニの代表作。
逢引を盗撮した写真を現像すると、そこには死体が移っていた。ここから写真家の主人公はその謎に巻き込まれるというより、取りつかれていきます。
ミステリー風のストーリーが不条理劇へと化していく様はシュールかつスリリング。アントニオーニとしては珍しく愛を主題とせず、存在の不確かさや価値の曖昧さに焦点を当てています。
狂騒の対象だった物が一瞬でガラクタになるライブシーン、見える物と見えない物の境界がなくなった瞬間に、存在しなかった物は音を立てて姿を現し、存在していた者の姿は消えてなくなるテニスシーンと、終盤の畳みかけるような名シーンの連発は映画史上屈指のクライマックスです。

評価☆☆☆☆★

さすらいの二人/1975年

アントニオーニがスペインやアフリカなどをロケ地として撮りあげた異色作。
60年代までは人工的で美しくも冷たい印象を与える映像が特徴的だったアントニオーニですが、今作では息づかいまで伝わってくるような生々しい画作りを行っています。
存在の不確かさ、コミュニケーションの断絶といったお決まりのテーマはそのままに、ロードムービー的な展開を取り入れていますが、新鮮さを生み出すには至っておらず、過去の自作の焼き直し感を強く感じます。

評価☆☆

さいごに

いかがでしたか?
生涯にわたって満たされることのない愛を見つめ続けたミケランジェロ・アントニオーニ。コミュニケーションの在り方が激変していく現代においても、彼が描いたコミュニケーションの不全は揺れ動く人間の微妙な心理をフィルムに焼き付けた映像芸術として受け継がれていくでしょう。
少し難解でとっつきにくさは確かにありますが、ぜひ一度体験してみてください。

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